AMPULE career トップ お仕事 働き方 #2 働きたくない人間の「働きたくなさ」について考える【私って「社不」? 「普通に働く」がしんどい人の生存戦略 】

#2 働きたくない人間の「働きたくなさ」について考える【私って「社不」? 「普通に働く」がしんどい人の生存戦略 】

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「働きたくない人間の働き方研究」という本を自主制作するくらいには、「働きたくない」というワードを自分のもののように扱ってきました。しかし新卒でフリーランスになってから8年以上経った今、「働きたくない」どころかむしろ、仕事関連の欲求がたくさんあります。当事者視点を活かして、働き方や二拠点生活に関するコラムやエッセイ、取材記事をもっと書きたい。友人の会社で働いて貢献したい。地元秋田にもっと帰りたい人のためのコミュニティ活動を本格化させたい。別名義の小説執筆活動も頑張りたい。「働きたくない」どころか、「やりたいことを社会の中でやっていきたい」という欲を人一倍持ちながら活動している気さえしてきます。わたしは本当に「働きたくない人間」とくくってしまっていいのでしょうか。この記事では、「働きたくない」という気持ちは一体何だったのか、そしてどのように言い換えるのが適切なのかを考えてみます。

働きたくない気持ちを翻訳してみる

「働きたくない」という言葉はキャッチーですが、本当に何もかもしたくないわけではありません。「働きたくない」とは何なのか、翻訳してみます。

働く時間を決められたくない

いきなり社不らしさ全開ですが、「決まった時間に起きる」や「決まった時間から仕事を始める」が苦手です。なぜ嫌なのかといえば、次の通りです。

8時間以上寝ないと体調が整わず稼働できない
→しかし、思った通りの時間に入眠できるとは限らない
→起きる時間を固定すると寝不足の可能性が生まれる
→起きる時間を固定したくない
→起きる時間が変動するなら、始業時間も変動させたい

「ちゃんと寝たいが、理想通りに寝られるとは限らない」という状況のため、「決まった時間に働きたくない」となります。

また、8時間以上寝られなかったときは、せめてお昼寝がしたいです。在宅フリーランスのわたしは、13~14時までミーティングがあるなら、その1時間以外はいつベッドで昼寝をしても許されます。ありがたい。

とにかく、8時間睡眠を死守したい。そして、無理だった場合はお昼寝でカバーしたい。体調が悪かったら、罪悪感を感じることなく眠りたい。これが「働く時間を決められたくない」の大きな理由です。睡眠にストレスを感じることなく、快適に暮らしたいのです。

働く場所が決まっているのが苦手

働く場所が決まっていることについて、「気分的な問題」と「物理的な問題」の両方から抵抗感があります。

まずは気分的な問題。通勤することにあまり意味がなく、家で取り組んでもいい仕事であれば家で取り組みたいです。

たとえばカフェ勤務の方や農家さんのように、決まった場所に行かなければできない仕事を自分の意思で選んでいる場合は、その場所へ行く意味があると思います。しかしわたしはそれをしたいわけではないので、場所を決められることに納得感が持てません。

また、秋田の実家にいつでも帰ることができ、帰省先でも仕事できる状態を気に入っています。なぜ大人になったら、お盆と正月だけ実家に帰るのが「普通」になるのでしょうか。そこに納得できないのです。

物理的な問題としては、蛍光灯がまぶしいオフィスや、他人の声が響く場所にはいたくない。できるだけ自分の部屋で仕事をして、自分のコップを使ってお茶を飲み、自宅のトイレで用を足したい。「家に忘れ物してきちゃった!」が発生しない状態で、安心して仕事したい。

ワーキングメモリが弱かったり、感覚過敏を持っていたりするので、できるだけ脳のキャパを節約しながら仕事したいのだと思います。「まぶしいな」「うるさいな」「忘れ物、大丈夫かな」などと思っていると、仕事をする前から疲れ果ててしまいます。

働きたくないというよりは、「自分にとって意味を感じない拘束を受け入れたくない」「無駄な疲弊を防ぎたい」という感じです。無駄に疲れてポンコツ化するのを防ぎたいのです。

興味のないことをやりたくない

興味のないことや、分業されすぎて何の役に立っているのか分からない仕事を、「仕事だから」という理由だけでやるのが苦手です。

ただ単に「興味がないからつまらない」というわけではなく、興味がなかったり全体像が見えなかったりすると、自分が何をすればいいのか分からなくなり、おそろしくポンコツになります。

そして「興味のないことに自分の時間を使っている」「しかも、上手くいかない」という状況にイライラしてきます。ひどくなると、仕事関係者が敵のように見えくる始末。

個人事業主として仕事を請け負っていると、やりたくない仕事はやらない、という判断が可能です。「興味のない仕事をやらされてる感」や「全体像が見えない状況」が苦手なわたしにとって、ありがたいことです。

「働きたくない」というよりは、仕事を選ぶ権利を持っていたいのだと思います。

関わりたくない人とは関わりたくない

苦手な人がものすごく多いわけではありませんが、「この人とはあまりにも相性が悪いぞ」と思ったときに、周囲の人を振り回すことなく、離れられる権利を持っていたいです。

組織にがっつり入り込んでいる場合、自分の都合だけで仕事仲間やクライアントから離れるのは難しいでしょう。「この人がどうしても苦手なので、部署異動したいです」と頻繁に言っていたら、迷惑です。

なぜ大人になってまで、関わる人を選べないのか。学校と同じ環境をいつまで繰り返さなければいけないのか。そんな疑問がありました。

苦手なのにそこから逃れられない状況は苦手です。ひどい場合には動悸がしてきて、仕事そのものにまったく集中できなくなってしまいます。

ということで、ペーペーのくせに偉そうではありますが、人間関係を調整する権利を持っていたいのです。

一つの仕事・環境に生命を握られたくない

「この仕事を辞めたら生きていけない」という状態は、精神衛生上よろしくないと思っています。アルバイトをしていた大学時代、「このアルバイトを辞めたら来月生きていけないぞ」という状態そのものに不快感がありました。

「辞めたいけれど、生きていけないから辞められない」というストレスを避けたいのです。一つの仕事に依存して逃げられなくなると、「わたしの命は大きな何かに握られている……」と憤りに似た感情を感じるのです。

収入源を分散させることにより、自分の命を軽やかに生存させることができると思っています。

働くことに関するさまざまな「普通」も納得できない

大きな条件だけではなく、細かいところにもさまざまなこだわりがあります。

  • ミーティングがないときは、部屋着のまま仕事したい
  • 「化粧はマナー」を導入したくない
  • 労働時間と給与が固定されて、時給がほぼ決まっているのがあまり好きではない
  • 2時間で終わる仕事を4時間かけてやっても怒られたくない
  • プレイヤーとして仕事をし続けたい
  • 仕事中でもスマホを触りたい

「働くなら普通こうする」「組織ではこれが当たり前」という細かな常識を含めて、自分で判断したいのです。

共通しているのは「自分で決めたい」

全体を通して思うのは、「自分のことは自分で決めたい」という気持ちが強いこと。変なこだわりが強く、自分で決めないと気が済まないのだと思います。

とくに「なぜそうしなければいけないのか」がよく分からない状況で雰囲気に乗っかることが苦手です。

結果的に新卒でフリーランスになり、時間や場所、仕事、仕事相手などを選びながら生きてきました。好きな事業を運営しているベンチャー企業に就職したこともありましたが、週3勤務・フルリモート・フルフレックスの働き方をさせてもらい、守りたい条件は守りました。

今後も基本的には自分でカスタマイズしながら働いていきたいものです。時間や場所の拘束がある仕事をすることもあるかもしれませんが、「生活のため」ではなく、「その仕事がやりたいから」という理由で選ぶことになると思います。

「働きたくない」の理由を並べてきましたが、自分のことを「働きたくない人間」と表現するのは、やっぱり違和感があります。本当に働きたくないのではなく、興味・関心のある複数の事業を、自分や信頼できる仲間とともに、分業ではなく丸ごと携わりながら、形にしていきたい。そして時間や場所の縛りは、能動的にやりたいことがあるのなら、別にやれるのだと思います。

「~したくない」で仕事を選ぶ時期が長かったのですが、ようやく「~したい」の時期がやってきました。

働きたくないのではなく、働く条件について潔癖気味で、欲求が多く、言ってしまえばちょっとわがままなのだと思います。

「働きたくない」という気持ちをそのまま信じなくてもいい

わたしの性質は、社不といえば社不でしょう。「働きたくない人間」と分類してしまえば、できると思います。しかし、実際には「大丈夫な働き方」も存在するし、「やってみたいこと」もたくさんあります。

「普通の働き方」を意識すると、社不としての性質が浮き彫りになりますが、そもそも普通って何よ、というマインドを持てば、社不だろうが何だろうが、たいして気にならなくなるのではないでしょうか。

大丈夫な条件を考えて、それをやってみる。その繰り返しの中で、振り返ったときには悪くない場所にたどり着いている。そんなことが普通になったらいいなぁ、と思っています。

あなたの“働きたくない”も、一度別の言葉に翻訳してみると、大丈夫な働き方が見えてくるかもしれません。すぐに「完全に大丈夫な働き方」にたどり着くのは難しいかもしれませんが、まずは自分の嫌なもの・許せないことを把握して、大丈夫な働き方を考えてみることが大切なのではないでしょうか。

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伊藤 七
Writer 伊藤 七

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