毎日、会社と自宅を往復する生活の中で「現状に大きな不満はないけれど、心がときめかない」「本当にこの生き方が自分に合っているのかわからない」——そんなふうにモヤモヤした気持ちを抱えている、働く女性も多いはず。本記事では、会社員から画家に転身してドイツに渡り「今は究極の自由の中にいる」と語る、伊東楓さんにインタビュー。TBSアナウンサーという華やかな肩書きを手放し、現在は世界を渡り鳥のように移動しながら作品を生み出す画家として生きる彼女。周りの目や固定観念に縛られず、自分の中に秘めた感性を軽やかに研ぎ澄ますためのヒントを、彼女の生き方から学びます。
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曖昧さを許す「グレーの時間を全うする」生き方
——まず、TBSを退職されてからドイツに渡るまでの経緯について教えてください。
会社を辞めたのは、居心地の良い場所から勇気を出して飛び出したというよりは、型にはめられるのが嫌で、自分の人生でどこまでやれるか限界を知りたいという、ワクワク感からでした。「自分は無敵だ!」くらいの気持ちで、行ったこともないドイツへ飛び込もうとしたんです。会社を辞めて画家に転身してからの半年間は、本を出したり個展をやったり、UGGさんやatmosさんとのコラボをやらせていただいたりして、自分でも「元アナウンサーとして完全に下駄を履かせてもらっている」という自覚と焦りがありました。このまま日本にいたら自分が衰退していく未来が見えていたので、コロナ禍ではありましたが「早く海外に出なきゃ」という一心でしたね。
——当時、誰かに相談はしましたか?
私は人生の大事な決断をするとき、昔から誰にも相談しないんです。成功しようが失敗しようが全部自己責任ですし、自分が直感で決めたことなら納得して進めますから。ベルリンを選んだときも完全に直感で、ドイツの知識ゼロで行っちゃいましたけど(笑)、合わなかったらその時に変えればいいだけなんですよね。

——アナウンサーを辞めて画家への道を選んだことについて、世間からは「白黒ハッキリ決断するタイプの人」と見られることが多いかもしれません。伊東さんご自身は選択に迷ったとき、どのようにご自身の心と向き合ってこられたのでしょうか?
私は何事にも白黒ハッキリつけて選んできたと思われがちなんですけど、実は決断に至るまでにずっとグレーな時間を抱えてきた人間なんです。アナウンサーをやっていた約5年の間も、自分にその職業がフィットしているわけではないことはわかりつつ、でも次に何がしたいのかは分からなかったんですよ。
——なかなか決断できない自分に焦ったり、思い悩む女性は多いですよね。
そうですよね。でも、決められない時期に「どうして選べないんだろう」と自分を責める必要はないと思うんです。答えが出ないときは「今はグレーを大事にする時期なんだ」「グレーを全うしよう」と割り切って、そのあやふやな状態をちゃんと受け入れて過ごせばいい。グレーでも、黒寄りのときもあれば、白寄りのときもあります。目の前の与えられた役割を淡々とこなしていく中でしか見えてこない答えもありますし、あとで振り返ってみると、決断できなかった時間も含めて、愛おしく思えたりするんですよね。どうせ、いつかどこかで答えは出るものだからこそ、焦らずに曖昧な時間も楽しめるといいのではないでしょうか。

余計なものを「削ぎ落とす」ミニマムな生活の心地よさ
——現在はベルリンに拠点を置きつつ画家として活動されていますが、会社員時代と現在とで、日常の過ごし方や働き方はどのように変わりましたか?
だいぶ浮世離れしていると思います(笑)。絵を描くのが仕事なので、制作期間になると家からほとんど出ないこともありますし、行き詰まると外に出て何時間もベルリンの街を散歩したりして。なんだか松尾芭蕉みたいな生活スタイルなんですよね。前職のアナウンサー時代は帯番組などを担当していたので、決められた時間に必ずその場所にいなきゃいけなくて、今とは対極の環境でした。今は一日何時間描くかも完全に自由という「究極の自由」の中にいます。ただ、自由すぎるからこそ、自分で自分のお尻を叩かないとダメというプレッシャーは常にありますね。
——自由に生きるフリーランスへの憧れを持つ会社員の方も多いですが、自由には責任が伴いますよね。
フリーになるのが良いとか悪いとかではなくて、向き不向きや性格の問題だと思うんです。会社員時代は時間が拘束されるけれど、収入や社会的な安心感がありました。でもフリーになると、自分が動かなければお金も生めないし生きていけません。だから「自分はどれくらい自由にやりたいのか」という塩梅を、自分でコントロールしないといけないんですよね。ちなみに私の制作スタイルは完全な夜型で、人が動いていない静かな時間が好きだから、20〜21時くらいから描き始めて、翌朝の7〜8時くらいまで没頭して、それから寝るというちょっとよく分からない生活をしています(笑)。

——東京とベルリンという、異なる環境で過ごすことで感じる違いはありますか?
環境から受ける影響は本当に大きいと実感します。東京にいると街全体が忙しくて「自分も急がなきゃ」という感覚になるんですよね。エレベーターに乗ったときも、東京だと早く閉めるボタンを連打しちゃうような自分がいて。でもベルリンにいると、エレベーターが全然来なくても「まあいいか」と、色んなことが許せるんです。
ベルリンって首都なのにスーツを着ている人をほとんど見かけないし、高層ビルもなくて「この時間にこの服装で何してるんだろう?」という不思議な人がいっぱいいるんですよ(笑)。誰も他人のことを気にしない空気が流れていて、その心地よさに救われています。あとは、海外で多様な人や文化に触れる中で、日本語にしかない繊細な表現やニュアンスの美しさ、日本人が持つ細やかな感性の尊さも改めて実感するようになりました。
——環境が変わると自分の心の持ち方も全然変わりますね。渡り鳥のように移動する生き方を選んだことで、どのような内面的な変化がありましたか?
ドイツに渡って2年ほど経った頃「このままドイツにずっといていいのかな。もっと広い世界を見なきゃ」と迷っていた時期があったんです。そのとき、ベルリンで一番仲が良いユダヤ人の友人の女性から「楓は場所に固執する必要なんてないじゃない。ペンと紙さえあればどこだって生きていけるんだから、キャリーケースひとつでいいじゃない」と言われて。その言葉にすごく強烈に背中を押されました。人が選択で悩む一番の原因って、色々なものを抱え込みすぎていることだと思うんですよね。そこからどんどんミニマム思考になっていって。

——抱え込んでいるものを削ぎ落とすことで、心が軽くなっていったのですね。
本当にそうです。自分の感性がブレてきたと感じたときは、意識的に「削ぎ落とす」方向へ自分を持っていきます。アナウンサー時代は仕事に忙殺されていたので、「自分はちゃんと稼いで頑張っている」という対価を目に見える形で確かめたくて、ハイブランドの鞄や靴、服をたくさん買っていました。でも、ドイツの人たちってすごく堅実で、何でも節約するし古着が大好きで、あまりお金を使わないお国柄なんですよね。
そういう環境で生きているうちに「今の自分にはこういうハイブランドは必要ないな」と気づいて、物欲もすっかりなくなりました。キャリーケースひとつで移動できるくらいの究極のミニマリストになると、「自分が抱え込まなきゃいけないと思って制限をかけていたのは自分だけだったんだ」と分かって、すごく楽になりました。
自分が描いた絵を、自分が一番好きでいられるかどうかが全て
——日常の景色や経験から、どのようにインスピレーションを受け取っていらっしゃるのですか?
私はとにかく自然界の色彩が好きで、普段からずっと空や雲の動き、太陽の光をぼーっと眺めているんです。ベルリンの街には公園も多くて。富山の実家に帰ったときも、夏になると青々とした新緑の田んぼが広がっていて、あまりの綺麗さに感動して親に「車止めて!」って頼んで見惚れたりして。地元の人からは「こんな見慣れた風景で感動するんだ」と言われますけど(笑)、私にとってはすごく愛おしい色彩なんです。

——伊東さんの描く絵は本当に色彩が豊かですよね。
小学校の頃、水彩画コンクールなどで絵を描いていたときから自分の中に不思議なこだわりがあって「自然界に黒は存在しない」と思っていたんですよ。学校の風景画でみんなが影を黒の絵の具で塗る中、私は影を作るときには紫を使っていました。誰かに教わったわけでないのに「影は黒じゃない」って勝手に思い込んでいて。そういう色に対するちょっとノスタルジックで強いこだわりは、昔からずっと持っていたんだと思います。
——現在のお仕事のスタイルとしては、受注での制作は受けず、ご自身の内面を表現することに徹底されているとか。
私は「絵を描くこと」が本当に大好きだからこそ、そこにビジネスを持ち込んで嫌いになりたくないんです。たとえば「僕のイメージで絵を描いてほしい」といったオファーをいただくこともあるのですが、私は頑固なので「自分のために描いて、自分を投影するものでありたい」というポリシーを曲げずにやってきました。自分が描いた絵を、自分が一番好きでいられるかどうかが全てなんです。
——描くテーマやモチーフは、ご自身の精神状態とどのように連動しているのでしょうか?
絵には自分の感情がそのまま反映されています。ドイツに渡って一番苦しかった時期は、ライオンなど獰猛な動物や暗いトーンの絵を描いていました。でも、そこを抜けた今は猛獣を描きたい気持ちがまったくなくて、馬のような温和な生き物を描きたくなる。自分でも「今は人生で一番“凪”の状態なんだな」と感じています。

内なる青の世界を表現。凱旋個展『The Blue Within』を開催
——2026年10月29日(木)〜11月3日(火・祝)の期間、凱旋個展『The Blue Within』が、東急プラザ原宿「ハラカド」「オモカド」で開催されます。今回のタイトルに込めた思いを教えてください。
ここ1〜2年で書き溜めた作品を並べたとき、自分でも驚くほど「青」の作品が多かったんです。そこから「今の自分は内側に青を抱えているんだな」と感じて『The Blue Within(内なる青)』というタイトルにしました。青って一般的なイメージだと静寂や冷たさを連想させますよね。でも、火の温度で言うと赤よりも青の方がずっと熱いんです。私の中にある青は、水のように自由に流れる静けさであると同時に、内側で激しく燃え続ける情熱の炎でもある。その曖昧で熱い感情を、個展という空間を通じて皆さんと一緒に探求してみたいと思っています。

——今回の個展ならではの大きな見どころについて教えてください。
一番の見どころは「オモカド」エントランス全体を、私の描いたアートで大きく包み込む大規模な展示です。エスカレーターを上がりながら、作品の世界の中に入り込んでいくような感覚を味わっていただけます。私自身、こんなに巨大なキャンバスで自分の絵を見るのは初めてなので、すごくワクワクしています。そして、その空間のために特別に描き下ろしたのが「馬」の作品です。馬はTBSを退社して最初に本を出したときなど、自分の人生の節目や要の時に必ず描いてきた特別なモチーフで、画家になって5年という節目の今、強い推進力を込めて描きました。気づけばアナウンサーより画家のキャリアのほうが長くなったんですよね。
——地元・富山県高岡市の伝統工芸「ナガエ」さんとのコラボレーションも注目の展示ですね。
地元は自分の原点なので、すごく誇りに思っています。今回は、私自身がもともとファンで愛用していた、高岡銅器の繊細な技術を持つ「ナガエ」さんへ直接お声がけして実現しました。海外で活動する中で「先人が築いてくれた日本の素晴らしい歴史や伝統のバトンを、次の世代へつないでいく存在でありたい」と強く感じるようになったんです。
私が日本人として海外に出て、日本人が無条件に愛されていると感じられるのは、先人の日本人の方たちが培ってきたものがあるからなんですよね。伝統工芸は派手なものではないかもしれないけれど、その魅力をもっと多くの方に知ってもらいたい。そんな想いを込めたコラボレーションとなっています。
——最後に、日々忙しく働く読者や、道に迷っている女性たちへメッセージをお願いします。
仕事や人生で「今、自分がどこに向かうべきか分からない」「迷っていて苦しい」と感じている人にこそ、この個展にぜひ来てほしいです。白黒つけられないグレーも、内側に秘めた冷たさと熱さが混ざり合う青も、すべて「今のあなた」の大切な色です。決められない自分を責めずに、心を軽やかにして、私の作品空間で自分の中にある新しい色を見つけてもらえたら嬉しいです。ぜひ自由に作品を受け取りに来てください。
【個展概要】
『伊東楓展 “The Blue Within” supported by サントリー ジャパニーズクラフトジン 六』
会期:2026年10月29日(木)〜11月3日(火・祝)
時間:11:00〜21:00(最終日は18:00閉場)
会場:東急プラザ原宿「ハラカド」2F COVER / 「オモカド」エントランス
入場料:無料
内容:エントランス展示、約20点の原画展示・販売、「ナガエ」の置物の特別展示

伊東楓(いとう・かえで)●1993年10月18日生まれ、33歳。立教大学文学部卒業。2016年、アナウンサーとしてTBSテレビに入社。COUNTDOWNTVや朝の情報番組、ラジオなど幅広い分野で活躍し、2021年2月に退社。画家転身後は、自身初となる著者「唯一の月」(光文社)を出版、国内外でUGGやUNIQLOとのコラボレーションを実施した。現在は、ドイツ・ベルリンを拠点とし、活動している。
Instagram : @kaede_ito004










